「仏教と神々の関係・・日天子は元はバラモン教の神、太陽(日輪)の神格化」 序品第一【第四月目】

  • 2015.07.31 Friday
  • 22:55
JUGEMテーマ:仏教


ここでは、神仏宗教に関する豪華総勢なゲストが皆集って紹介されていますね。
まず、前回では釈迦の奉行をお供をする豪華菩薩摩訶薩八万人のうちの中でも最優秀で密接な筆頭菩薩18名を紹介した後、その会場に現われたのは二万の眷属天子を引き連れた釈提桓因でした。
                                    
釈提桓因とは、別名は帝釈天(たいしゃくてん)、或いは三十二天や四天王天ともいわれています。帝釈天という名は皆さんもよく聞いた事があると思います。
                                         
そうです、あの寅さん映画の帝釈天で産湯を使い・・の浅草を舞台にしたあの名セリフのことですね。
   
元の釈提桓因という名は、釈が字名で提桓因が天主の意味らしいです。
釈が字名とはもしかしたら釈迦本人のことではないかとも思えてきますが、天主とはそもそも神の主ということであり、インドラ神というインド神話に出てくる王様のことだそうです。
                                         
インドラとは、その本名をサンスクリット・インドラという神であり、そのサンスクリットは現在はインド言語として最も認知された用語の一つで「梵(ブラフマー創造神)」として表示され、用語の代表とされているものらしいです。
   
そのサンスクリットという原語を音訳すると「釈」なのだそうです。
このサンスクリット・インドラは神として、釈迦が成道する以前から釈迦佛を助けていた神として知られているそうです。
  
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また、帝釈天は佛教の阿修羅と戦闘して勝った武勇の神としても知られているのですが、釈迦を助けたということで佛教専属守護の梵天と並んで、佛教の二大諸天善神となっているそうです。
   
また、その帝釈天が昔、人間だった頃は、名を摩伽(まか)というバラモン信者だったらしいのです。
その摩伽には友人知人が32人居て、それらは皆福徳を習得して共に命終した後、須弥山の頂第2天上に生まれ、それ以来、天主を務めたのが摩伽、つまり帝釈天だったそうで、他の32人は大臣として仕えたということから、天主の帝釈天を含めたそれらをまとめて三十三天と呼んだのだそうです。
                                      
そして、佛教上に於いては、須弥山の東南西北のそれぞれに、持国天・増長天・広目天・多聞天(毘沙門天)の四大天王が帝釈天に仕えることから天主の帝釈天を四天王天と呼ぶことがあるそうですので、もしかしたら、この四大天王は三十三天の中に含まれているのかもしれませんね。
                                      
なお、この帝釈天つまり釈提桓因は二万の眷属天子を引き連れてやって来たのですが、眷属が皆天子というだけに、佛教を守護するための天神種族ばかりの組織であるのでしょう。
                 
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次に、名月天子・普香天子・寶光天子と四大天王が紹介されていますね。
名月天子とは、十二天という佛教を護法する諸天善神である天部の帝釈天や梵天を含む諸天12種のうちの一つであって、その一つの名月天子は月を神格化したもので、単に月天子や月天、月神天などとも呼ばれているそうです。なお、その名月天子は月の世界から四天下(閻浮提などの四大州)を照らすとされてる天子だそうです。
                                     
普香天子の別称は明星天子や普光天子とも呼ばれていて、星の代表としての明星(金星)を神格化したものらしいです。
帝釈の従者として、太陽に先だって世界を照らし、世界の闇を破ることを仕事にしているといわれています。
                              
それから、寶光天子ですが、別称を日天子、寶意天子ともいいます。
日天子は元はバラモン教の神であり、太陽(日輪)を神格化したものらしいですが、後に佛教に取り入れられたのだそうです。
                                        
以上の三天子は、まとめて三光天と呼ぶそうですが、そのうち名月天子と寶光天子が各々十二天の一つでもあります。
             
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ここで、十二天を少し説明しておきましょう。
   
まず、佛教での人間界の上に天上界がありますが、その天上界は天神の住むところであります。
その天上界に住む様々多くの天神の中で佛法を守護する諸天善神といわれているのが十二天です。
   
十二天には先に述べたとおり、帝釈天や梵天が含まれています。
十二天の各々は、守護する部位が決められていて、帝釈天(東)・火天(東南)・焔魔天(南)・羅刹天(西南)・水天(西)・風天(西北)・毘沙門天(北)・伊舍那天(東北)・梵天(天・上)・地天(地・下)・日天(日)・月天(月)という十二種の天神なのです。
                                        
この十二天は、その構成内で地上の八方を守護する天神のことを別に八方天といったり、その八方天に天(上)と地(下)を加えて十天ともいったり、更に日天(寶光天子)と月天(名月天子)の日と月を加えたものが十二天ということになっています。
                                       
なお、この十二天の中には普香(明星)天子がどうやら含まれていないようですね。
だから、ふこうな星のもとなどとも言われるように、星と佛との関係がどうもはっきりしないのです。
                                        
これは佛教が確立される以前の、紀元前15世紀頃が始まりとされているギリシャ神話などの域を出ないものと考えられます。
いわば、佛教上は宇宙の星から地球へ遊びにきている異星人ともいうべき存在になるのでしょうか。
   
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また、三光天子は、日蓮聖人とのいわれが深く、聖人が鎌倉幕府に取り抑えられた夜中に江ノ島付近の龍の口という浜辺で首をはねられようとしたその瞬間に目映いばかりに光り輝く大きな流星か彗星のような巨大な奇光を放った謎の物体が夜空から降り立ち当り一面を照らし出し、その奇瑞に驚いた幕府の役人はただちに恐れおののいて聖人の首をはねることを中止したそうです。
                                       
そして、その翌日、聖人が処刑保留となって幕府役人の屋敷へ置かれた旧9月13日の満月の夜半、聖人が法華経を読んでいる時、空から明星の如く役人の屋敷の庭の梅の木に舞い降りる大星が見えたそうで、役人達は二夜連続の奇瑞に遭遇しまたも驚いてしまったそうです。
                            
その約1ヵ月後、聖人は佐渡へ島流しされることになりました。
後に聖人は、命を救ってくれたこの二つの奇瑞の光の正体を月天子と明星天子のことであったと記しています。
                                          
ひょっとしたら、日蓮聖人がもし寶光天子(日天子)であったとすると、この時、三光天子が集結したのでしょうか?
  
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次に、四大天王とは前記の通り、須弥山の中腹の四方に住する持國天王・増長天王・廣目天王・多聞(毘沙門)天王のことです。
この四大天王は十二天と並んで重視されていますが、十二天に含まれている北方の毘沙門天だけは四大天王を兼ねています。
   
四大天王とは、四大州である四天下を支配する欲界の大王なのですが、その中の毘沙門天だけは十二天であって佛法守護の諸天善神であるということなのでしょう。
                                      
次に、自在天子・大自在天子とは、ともに本来はインド神話の破壊神シヴァの異称なのだそうで、色界の最高位にある阿迦尼叱天のところに住する天子だそうです。
                                        
この自在天子・大自在天子とは別々の天神であるかどうかは定かではなく、同類の二種類の天子が居るとするのは破壊神の性質のみならず多くの性質、異名があるということかららしいです。
                                      
たとえば、日本の大国主や仏教漢訳の大黒天とは同じくダイコクと読み、シヴァの異名のマハーカーラ(大いなる暗黒)という名前からきているといいます。
                                          
そもそもシヴァ神とは、ヒンドゥー(バラモン)教の三最高神の一柱ということで、創造神ブラフマー(梵)、維持神ヴィシュヌに対してシヴァ神は破壊を司るといわれています。
神の場合は恐らく、神同士の共同性というものは無く、平等な地位も無いと考えられることから、この三最高神とは順列一位が創造神で二位が維持神、三位が破壊神という流れの順位が定まっていると考えて良いのではないでしょうか。
                    
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すなわち、破壊神シヴァとは美しくも哀しい神であり、他の二神と対立したこともあり、いち早く佛法の側へなびいたとも考えられます。
しかし、最も力強い神である意味で自在天子或は大自在天子として、佛法では三界の色界最高位の有頂天神として君臨しているのでしょう。
                                      
おそらく闇を破るといわれる明星(普香)天子と自在天子・大自在天子は関連しているのでしょう。
                                         
レーモン・ルフェーブルのシバの女王のシバの国とは、アラビア半島の国だそうですが,聖書以外には記述が何も残されておらず,真偽のほどは不明なのだそうです。
この曲を聴いていると、とても哀しい王の生き方を物語っているようで、この女王を妃とした国王が、佛法に協力したシヴァ神なのではないだろうかとイメージを掻き立てます。
                                           
この自在天子・大自在天子はその眷属三万の天子を従えて今、釈迦の娑婆国へやって来たのですが、その眷属の数は他の誰よりも最高なのです。このことからも破壊神シヴァへ眷属として崇拝する支持力の強さのほどが伺えます。
ただし、眷属は天子のみで、佛教上は自在天のことは外道の主天神といわれているそうなのです。
                           
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次に、梵天とは、世界創造の神(ブラフマー)といわれており、たとえば娑婆世界の主梵天王とは娑婆という世界を創った創造主であり、娑婆世界を専属に支配している天神の王だと考えられます。なお、主梵天王と大梵天王とは同じ意味だそうです。
                                           
そして、尸棄大梵の尸棄とは化城品第七の上方世界の大梵天王の名を尸棄というとあり、尸棄大梵はこの上方世界の梵天すなわち創造神であると思います。
また、光明大梵とは、もしかすれば妙荘厳王本事品第二十七の光明荘厳国を創った梵天なのではないでしょうか。
                                          
次に、八龍王とは、諸天善神の種族である天竜八部衆に所属する竜族の八大王であり、水中の主だそうです。
緊那羅(きんなら)や乾闥婆(けんだつば)は、インド神話に登場する音楽の神々(または精霊)であり、佛教では護法善神の一尊で、各々天竜八部衆の一つであります。
                                     
阿修羅とは、戦闘神であり、地中海付近の太陽神が起源といわれています。
                                        
迦樓羅(かるら)は、インド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥を起源とする伝説上の鳥らしいですが、主食は竜族であり、人々が恐れる竜族と敵対関係にあるため聖鳥とされているらしいです。
                                            
韋提希とは頻婆娑羅(びんばしゃら)王の妃であり、その子供が阿闍世王子だそうで、阿闍世王は両親を裏切り反乱し、それにより韋提希夫人は阿弥陀仏の極楽浄土の国へ行くことになり、そのことで阿闍世王子は釈迦から阿弥陀仏を鋭く説かれ、自身が凡夫であることを覚ったという有名な話があるそうです。
そしてこのときの釈迦の教えが観無量寿経(浄土真宗)であるとされているとのことです。
                                     
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HPブログへリンク⇒第4-1日  各王、天神、各々眷属と倶なり  【序品第一】(十六行〜三十行)

序品第一

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  • 2020.04.01 Wednesday
  • 22:55
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    コメント
    【「標準」こそ、元々は何も無かった】
    一緒に暮らしている家族ですら、普段は自分の家の実情などをあらたまった気持ちで話し合う機会はあまりないようですよね。
    たとえば、家づくりの話などは今までの暮らしの標準をあらためて標準として認識することになるのでしょうが、そのような本来の標準的な話題などは誰も言い出さないことのようです。
    しかし、宗教の修行上はその入門者イメージの代表としては、どうやら身近な建築業者を当てはめているように思えるのです。
    これは恐らく世界中同じようで、仏教としては、こういった「標準」こそを不変な入門としていると思えるのです。
    エイプリルフール【標準な話題があまり話されない理由】
    標準とは言葉では表現しきれないものだから相談しようにもできない。
    人、一人一人が悲しみのように乗り越えていかなければならないノルマのようなもの。
    しかし、言葉にならない悩みはいつかは解決しなければならない。
    それは時が待ってくれないなら、オープンになること。
     
    標準な悩みの早期解決は公開するに尽きる。
    文字で表せないなら、オープンに見せることだ。
    それで悟った境地が「標準」なのだ。
     
    (ぶっけん成安田)
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